ナイロンジャケットーそれは、暖かくする服ではなかった
寒い季節になると、ナイロンジャケットは「防寒着」として語られることが多い。
けれど、この服が生まれた理由をたどっていくと、その理解は少しずれていることに気づく。
ナイロンジャケットは、体を暖めるために生まれた服ではない。それは、体温が奪われるのを防ぐための服だった。

風は、体温を奪う
人は、寒さそのものよりも、風によって体温を失う。
じっとしていれば耐えられる気温でも、風が吹いた瞬間に体は冷え、動けなくなる。
だから、登山や軍、屋外作業の世界では、昔からこう考えられてきた。
まず、風を止めろ。
暖めるのは、そのあとだ。
ナイロンという素材が選ばれたのは、その考えに驚くほどよく合っていたからだ。
軽く、風を通しにくく、濡れても乾きやすい。ナイロンは、生き延びるための条件を満たしていた。

ヤッケが教えてくれていたこと
小学校の登山で、「ヤッケを必ず持ってきなさい」と言われた記憶がある人も多いと思う。
あれは、「寒いから着なさい」という意味ではなかった。
突然の風、少しの雨、汗冷え。そうした状況で、体温を一気に奪われないための装備だった。
薄くて、軽くて、バックパックに押し込める。ヤッケやアノラックは、行動を止めないための服だった。

ナイロンは、暖かさを作らない
ここで、ひとつ大事なことがある。
ナイロンそのものは、保温素材ではない。
ウールのように空気を含まず、ダウンのように熱を溜めるわけでもない。
ではなぜ、ナイロンジャケットは「暖かい」と感じられるのか。
それは、風を完全に止めることで、中に着た服の熱を逃がさないからだ。
ナイロンは、暖める役ではなく、奪わせない役。
要点:ナイロンジャケットは、体を暖める服ではない。
体温が奪われるのを、防ぐ服だ。
裏地が生まれた理由
ナイロンは便利だが、そのままでは冷たく、蒸れやすい。
そこで考えられたのが、裏地をつけるという方法だった。
裏地の役目は、単に暖かさを増すことではない。
- 肌との距離をつくる
- 空気の層をつくる
- 快適に動き続ける
メッシュ、起毛、フリース。裏地の種類が違うのは、使われる状況が違うからだ。

レイヤリングという完成形
ナイロンジャケットが最も力を発揮するのは、重ね着の一番外側に置かれたときだ。
- 内側:体を暖める服(フリース、ウール)
- 外側:風を止める殻(ナイロン)
この役割分担が、もっとも合理的だった。
ナイロンは、主役にならないことで、その価値を最大限に発揮する。

中綿ナイロンが生まれた理由
やがて、「考えなくても暖かい服」が求められるようになる。
重ね着は理にかなっているが、誰にとっても分かりやすいとは言えない。
そこで生まれたのが、中綿入りナイロンジャケットだった。
- ナイロンで風を止め
- 中綿で空気を溜める
1枚で完結する防寒着。これは、役目をまとめた服だった。

そして、意味が前に出た
中綿ナイロンが街に降りると、服の評価基準は少し変わる。
暖かいかどうかより、暖かそうに見えるかどうか。
ボリューム、厚み、冬らしさ。
ナイロンジャケットは、「防風の装備」から、「防寒の顔」をした服へと変わっていった。
役目は失われたのではない。
語られなくなっただけだ。
ナイロンジャケットは、役目の服だった
ナイロンジャケットは、見せるための服ではない。
暖かさを誇る服でもない。
それは、人が動き続けるための服だった。
体温を守り、行動を止めず、状況に対応する。
古着として残っているナイロンジャケットには、かつて確かに必要とされた理由がある。
それを知った上で着るかどうかは、今を生きる私たちが決めればいい。
エピローグ|同じナイロンが、別の役目を与えられたとき
余談のように聞こえるかもしれないが、ナイロンで最初に大衆へ広まった衣服は、ストッキングだった。
それは、体を守るための服ではなく、見られる身体を整えるための服だった。
同じ素材が、まったく違う役目を与えられたところに、ナイロンという素材の不思議さがある。
Furugi Bon|「ぬくもりのある服には、物語がある」
この服が“何のために生まれたのか”を、もう一度。
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